大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和55年(あ)1558号 決定 1982年6月28日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中五三〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人山嵜進の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決の認定によれば、被告人は共犯者黄衍理らが香港から本邦へ覚せい剤を持ち込み密売することを目的とする組織の一員であることを熟知しながら、かつて同人に受けた恩義に報いるなどの気持から同人に協力して積極的に本件犯行に加担したというのであつて、専ら同人らに財産上の利益を得させることを動機・目的としていたものと認められるところ、所論引用の判例(最高裁昭和四一年(あ)第一六五一号同四二年三月七日第三小法廷判決・刑集二一巻二号四一七頁)は、麻薬の輸入に関し、共犯者が営利の目的をもつていることを知つていただけで、みずからは財産上の利益を得る動機・目的のないままに犯行に加担した場合について、麻薬取締法六四条二項にいう「営利の目的」の存在を否定したにとどまり、本件のように自己以外の第三者に財産上の利益を得させることを犯行加担の動機とした場合について「営利の目的」を否定する趣旨までも含むものとは解されないから、所論は前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。

なお、覚せい剤取締法四一条の二第二項にいう「営利の目的」とは、犯人がみずから財産上の利益を得、又は第三者に得させることを動機・目的とする場合をいうと解すべきであるから、前記のような本件の事実関係のもとにおいて、被告人につき「営利の目的」を肯定した原判断は、結論において正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(藤﨑萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

弁護人山嵜進の上告趣意

原判決は最高裁判所の判例(最高裁判所昭和四二年三月七日判決・刑集二一巻第二号四一七頁)と相反する判断をしており、あるいは、破棄しなければ著しく正義に反すると認められ、「判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認」ないし、「判決に影響を及ぼすべき法令の違反」がある。

一、原審は、控訴趣意第一(事実誤認の主張)に関し、「被告人は、黄らが本邦において覚せい剤の密輸・密売を目的として入国した組織の一員であることを熟知しながら、同人に協力し、積極的に買手を探し、自ら買手側との交渉・応接にあたり、その旨黄に連絡をとつていたとはいえ、各取引の手配を行い、その現場にも臨み、覚せい剤の受け渡し、代金の授受等実行行為の全部もしくは大部分に直接関与し、前記各犯行を行つたものであつて、その各態様に徴すると、被告人こそ最も重要な役割を果しており、黄ら組織の者はむしろ覚せい剤の準備役にすぎないものであつたというべきである……(中略)……その加担行為の態様は、前記のとおり、犯行に不可欠な重要性を有し、組織の者の犯行及び利益と直結し一体化している状況というべきであるから、被告人に覚せい剤処分の決定権がなく、自己の直接的な報酬を意図していなかつたからといつて、単なる黄と各買手間との仲介者ないし使者で正犯意思を欠くものとは到底認められず、営利目的による覚せい剤譲渡の共同正犯としてその責任を免れるものではない」と判示している。

右判示は、被告人の犯した犯行態様そのものは、客観的にみて組織の者の犯行に不可欠な重要性をもつ、実行行為の全部もしくは大部分であり、組織の者の犯行及び利益と直結し一体化したものであるから、営利目的による覚せい剤譲渡の正犯意思を欠くとはいえないとし、第一審の判断を是認したものである。

二、1、覚せい剤取締法四一条の二第二項にいう「営利の目的」とは、覚せい剤の所持、譲渡等の行為によつて財産上の利益を得ることを動機とする場合をいい(東京高裁昭和五三年三月一六日判決・麻薬覚せい剤等刑事裁判例集四四一頁)、しかも当該被告人自身が「営利の目的」を有することを要するものと解される(最高裁判所昭和四二年三月七日判決・刑集二一巻第二号四一七頁)。

2、ところで、本件においては、被告人自身には「営利の目的」は存しない。すなわち、本件犯行は、被告人が昭和五〇年四月ころ、不動産の仕事で香港に行つた際に、黄術理に世話になつたから、そのことに恩義を感じたことを動機としてなされたものであり(被告人の司法警察員に対する昭和五四年九月六日付供述調書等)、この点の供述は一貫している。なお、被告人が本件犯行に加担した理由は、黄に世話をうけたことや友情から出たものであり、報酬を意図していないことは、原審も認定している(原審判決四枚目裏)。また、被告人は結果としても、報酬や財産上の利益を受けたことはない(本件全証拠)ばかりでなく、黄が覚せい剤を捌くにつき手伝つた被告人に、儲けを分配する必要があると考え、被告人にその事を言つたのに対し、被告人は金はいらないと断つており(黄衍理の検察官に対する昭和五四年一〇月八日付供述調書)、このことについて黄は「斎藤は、私が貧しいため、覚せい剤の密売をやつている事を良く知つており、私に同情し、または友情の気持から出たと思います」と推測している(前記供述調書)。以上のごとく、本件一連の犯行について被告人には「営利の目的」が欠けているのである。

原審は、「もつとも、黄は、各犯行による自己の利得分を被告人の保管に託しており、応分の分与をする意向であつた」と指摘する(原判決四枚目裏)。しかし、黄が利得の分与をする意図であつたからといつて、被告人に「営利の目的」があることにはならないことは、多言を用しない。原審は、被告人が「自己の直接的な報酬を意図していなかつたからといつて……(中略)……営利目的による覚せい剤譲渡の共同正犯としての責任を免れるものではない」というが、それでは、原判決が予定する間接的な報酬あるいは利益とは一体何であるのか、被告人においてかかる間接的なる利益に対する期待は、少くとも「営利の目的」に該当するような財産上の利益としては何ら存しないのである。

かくして、被告人には覚せい剤取締法四一条の二第二項にいう「営利の目的」が存しない。原判決が間接的な報酬(利益)の期待という「営利の目的」が存するという認定に立つものであるとしたならば(この点判然としない)、重大な事実の誤認があると考えるほかない。

三、1、ところで、覚せい剤取締法四一条の二第二項にいう「営利の目的」の存在しないものが、「営利を目的」とする者と共同して譲渡等の犯行をなした場合に、刑法六五条二項の適用があるべきことは確立された判例である(最高裁昭和四二年三月七日判決・刑集二一巻二号四一七頁、大阪高裁昭和五一年三月一六日判決・昭和五〇年(う)第一四四五号等)。

2、原審において、仮りに前記事実誤認がなく、かつ右1に述べた判例と異なる判断をしたものであるとすれば、判例違反となることはいうまでもない。

四、1、第一審は、本件各所為に係わる法令の適用について「被告人の判示第一の一、二、第二の各所為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、二項、一七条三項に、判示第三の所為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、二項、一四条一項に該当するところ、いずれも懲役刑のみを科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年六月に処し……」と判示しているが、右により、第一審が刑法六五条二項の適用をしていないことは明白であり、かつ、原審は、右第一審の判断をそのままに追認したものである。

2、しかしながら、本件では、被告人にはそもそも同人自身には営利の目的がないのであるから、刑法六五条二項を適用しなかつた第一審、原審の判断は、法令の適用を誤つているのであつて、右は「判決に影響を及ぼすべき法令違反」であることは、前記最高裁昭和四二年三月七日判決の趣旨から明らかである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例